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限られた視力の中で

おれは万事につけて行動が遅い。このブログの記事を書くために『のんのんびより』のDVDを全巻借りてきたのだが、他の人がやるような「イッキ見」が出来ないのである。とりあえず、借りて自宅に戻ってきたらすぐ再生するようにしている。しかしその集中力も第1巻までしか続かない。
歯磨きをしてる間とか、髪を乾かしている間とかに観ることはできるのだが、他の人がやるようなDVD全巻イッキ見(『ハヤテのごとく!』のワタルが得意としていたような--)が出来ない。

それから、これは現在のアニメの本放送に関してのことなのだが、録画に回すと途端にモチベーションが落ちる。にしても深夜番組などとてつもない時間にやっているのが多く、リアルタイムで観るのは、おれにとって困難。こうやって悪循環が出来上がっていく。
その悪循環を打破するには、やはり「勇気」だと思う。再生ボタンを押す勇気。ガンガン録画を蹴飛ばしていく勇気。しかしその視聴気力も、減退した視力の前には萎えていくのだが--。

おれは減退した視力のおかげで、1日にそんなにアニメが観られない人間になっている。その運命を受け入れるしかない。
いわば、限られた視力の中で、無理をしない程度にアニメを楽しむ。これ以上眼を悪くすると、ますますアニメが観られなくなってしまうかもしれないから。

2013年10月期 7本の1クールアニメ

直前の記事で、2013年10月期の2クールアニメについて触れたが、もちろん1クールアニメも量産されたクールであった。Wikipediaでざっと確認しただけでも、1クールの30分番組だけで約20本も量産されている。とてもじゃないが、それらすべてのアニメについて触れている余裕はない。

だけれどもしかし、気になる1クールアニメの割合も、割りかし多いのである。数に比して多いのだ。これは豊作期ということなのか、それともおれのアニメに対する意欲が上がったのだろうか? これは大変なことになった、と思った。しばらく2013年10月期の話題に、このブログがとどまることになってしまう。本年は3日に1回くらいの頻度でこのブログを更新したいと思っている。いつまでも2013年10月期にとどまっていたら読まれる方もうんざりしてしまうだろう。何か対策を講じなければならない。

具体的に、このブログで触れたい、2013年10月期の1クールアニメというと・・・・・・

・『境界の彼方』
・『京騒戯画』
・『WHITE ALBUM 2』
・『蒼き鋼のアルペジオ』
・『ぎんぎつね』
・『のんのんびより』
・『ガリレイドンナ』


この7作品だ。しかしこれらをすべて網羅するとなると、いったい何ヶ月かかるのだろうか。何か対策を講じねばならない。その対策は、まだ何にも考えついてないのですが。

いずれにせよ折にふれてこの7作品について講述していきたいと思っている。なぜこの7作品なのか? 「触れる価値があったから」という以上に、「おれが気になる」からだ。直感で気になって選んだのである。

2013年10月期 体力が足りず2クールアニメに挫折

2013年の10月期は、年をまたぎ、3月まで放映される2クールアニメが比較的目立ったように思う。『凪のあすから』『キルラキル』『ゴールデンタイム』『ストライク・ザ・ブラッド』『ログ・ホライズン』『はじめの一歩Rising』『黒子のバスケ(2期)』『マギ(2期)』『ガンダムビルドファイターズ』『東京レイヴンズ』『サムライフラメンコ』・・・・・・多い、かなり多い。

ひとつひとつのアニメについて、仔細に講述しているいとまはない。そもそもおれ自身のことをいうと、上に挙げた2クールアニメのなかで、何一つ「乗り越えられた」作品が存在しないのである。『ログ・ホライズン』『はじめの一歩Rising』『マギ(2期)』以外の作品は、1回は見ている。でも何一つ10月から3月まで見通した作品がないのだ。
『ログ・ホライズン』、というよりNHKのアニメは、受信料を滞納していたので、観なかった。
『はじめの一歩Rising』は、たぶん裏番組の兼ね合いとか適当な理由をつけて観なかったんだと思う(ただ、この前原作の単行本を初めて読んだ)。
『マギ』は、日曜の夕方5時の枠だった。おれは競馬キ○ガイだ。JRAの競馬は日曜の夕方まで開催される。たぶん競馬開催でくたくたになっている、とか適当な理由をつけて観なかったんだと思う。

『凪のあすから』は、初回で視聴を打ち切った。もう初回切りした理由も忘れた。ただインターネットで「初回切りした奴は負け組」みたいな文言を見て地団駄を踏んだ、とだけ言っておこう。
『キルラキル』は、中盤のとある回を観て非常に面白くて、数回は観続けたのだが、途中で「画面酔い」してしまって視聴を打ち切ってしまった。
『サムライフラメンコ』も、オリジナルアニメではある。ただこの頃のノイタミナはかなり混乱していたのか、『ガリレイドンナ』が話数短縮で打ち切られたという怪情報もこちらには入ってきており、『サムライフラメンコ』にしても制作環境がかなり悪かったのか? 作画の質がかなり低い回があったようだ。

『ゴールデンタイム』については、思い出がある。実は『ゴールデンタイム』の放映開始前、この番組についてのUstream番組を放送したのだ。スタッフやら声優やら、前予想みたいなことを話した。ただ視聴者であるおれの眼前に現れた仕上がりは、かなりろくでもないものだった。つまり、おれの放映前の期待を盛大に裏切ってくれた。作画・・・・・・以前に、脚本と演出がかなりろくでもない代物だったと思う。とんでもないものを食わせてくれたな、みたいな感じだった。
『ストライク・ザ・ブラッド』も電撃文庫アニメなのだが、どうしてもライトノベル原作付きということで取り組みが甘くなってしまう。それはそうと、三雲岳斗という作者はポニーテール萌えなのか? 『アスラクライン』といいアニメ化作品にポニーテールキャラがかなり目立つ。少なくとも『ゴールデンタイム』よりは、女の子は可愛く描けていた。

『ガンダムビルドファイターズ』については、ロボット作画のクオリティも高く、途中までは楽しく観させてもらった記憶があるのだが、なんだか途中からスタッフや他の視聴者連中の「ガンダム愛」が過剰に気持ち悪くなって、いつの間にか疎遠になった。他の連中の富野愛、ガンダム愛に押し潰された・・・・・・

--というわけでこの時期の2クールアニメにことごとく「敗北」したわけだが、このように多量で多様な2クールアニメに対処できるような「体力」が足りなかったと思う。ところで「体力」というと身体能力のことを普通いうが、「体力」とは「精神力に支えられた持久力」の部分が大きいのではないか、と、昨日、ふと思った。というのも、おれは高校のスポーツテストで校内最下位になるほど身体能力が低く、すぐ疲れやすく、1日の半分は寝っ転がっているのだが、昨日競馬場に行って友達とワイワイ騒いでいたら、徹夜で予想して競馬場に入ったにもかかわらず、「ばると君は体力があるねえ」と帰りの地下鉄で居眠りしていた先輩に言われたのである。たしかに徹夜でレースの予想をして競馬場に行って、馬券を買って、レースを観て馬鹿騒ぎしたにもかかわらず、あまり疲れたという感覚がなかった。つまり何が言いたいというと、昨日のおれは精神力が漲っており、その漲る精神力に支えられた持久力で最後まで競馬場で突っ走ったのである。
2013年の秋~年末にかけてのおれは、精神力に支えられた持久力が欠乏していた。その原因は、たぶんいろいろある。ただ、2014年の1月だったか2月だったか? もう忘れたが、大学院試験を受けて落とされた。通算3度目の大学院試験落第だったが、致命的な取り返しの付かないような失敗・挫折を積み重ねたことで、おれの精神は逆に際限なくたくましくなっていったのだ。

このブログも本年ラスト更新

2014年も暮れていく。きょうは競馬の有馬記念があり、3日後にはNHK紅白歌合戦、そして「ゆく年くる年」と、年末の風物詩がつぎつぎとやってくる。12月はブログをだいたい2日に一度の頻度で更新した。正直キツさもあったことをここで告白する。このブログの記事の分量は、ひとつにつき原稿用紙3~4枚なのだが、それでも2日に一度コンスタントに書くというのは骨が折れる。新年はこの更新頻度を、3日に一度くらいに、もう少し落としたい。

お気づきのかたも多いように、このブログは「WEBアニメスタイル」のコラム「アニメ様365日」の影響を受けている。もともとFC2では、同じアカウントで各話感想ブログを持っていたのだが、各話感想ブログというスタイルは肌が合わず、挫折し、放置されたままになっていた。ところが今年の夏になって、今までの人生を、アニメを軸に、アニメの周りの事物を含めて振り返ってみようかな、という想いが湧き出てきた。最初はできるだけ短く書いてみようとした。そして「アニメ様365日」とは対照的に、現在自分がいちばん関心のある『アイカツ!』というTVアニメから語りだしてみよう、と思った。書き方に「アニメ様365日」の面影を感じられる方も多いだろう。おれはアニメ様のあのコラムを好きで毎日読んでいたのだから--

ただ、記事を書き重ねるにつれて、おれ自身の「経験」が占める部分が大きくなっていった。「経験」というよりも「記憶」といったほうが適切かもしれない。もともとこのブログはエッセイブログを標榜しているのだが、特に12月の更新ラッシュの時期から、文学的な記述が増えてきている。かなりリアルな事も書いてきた。おれはこのままの「経験」「記憶」を混ぜていくスタイルで行こうと思っている。個人の「経験」「記憶」が混入した文章のほうが、書いているほうも読んでいるほうも面白いのではないだろうか? そう思っている。

シリアスな気分になると、「『遺書』としておれはこのブログをしたためているんだ」という思いが出てくる。人間はいつ死ぬかわからない。「あした交通事故で死ぬかもしれないんだよ」とは小学校時代の担任の先生の口癖だったが、とくに俺は交通安全には気をつけている。人間はいつ死ぬかわからないから、生きた痕跡としてこのブログをしたためているのか? 少し違うかもしれない。ただ、自分の人生を最古の記憶のほうから回顧していくのに、「遺書」というニュアンスがつきまとうだけだ。
そうやって「遺書」みたいに1から自分の人生を回顧していくのにウンザリしてきたので、途中からいきなり最新のアニメの記述を、わざと混ぜるようにした。そしてそのほうが魅惑的なブログになると思った。最古の記憶に近い1992年ごろと、「いま、ここ」の2014年から挟み込んでいく。おそらく中心点は、『カレイドスター』『鋼の錬金術師』『プラネテス』『無人惑星サヴァイヴ』などが放映されていた2003年ごろになると思う。
『カレイドスター』について触れられる時が、何年後になるかいったいわからないが、なんだかんだいっておれは粘り強い人間なのだなあ、と自惚れることがある。「継続は力なり」が、うちの小学校の校長先生の口癖だった。ブログはなんだかんだで8年つけている。Twitterも5年間途切れていない。おれは元来飽きっぽい性格で、趣味である読書でもアニメでも、集中力の糸が切れたらすぐ投げ出してしまうのだが、なんだかんだで松原秀行という児童文学作家が書いた、青い鳥文庫『パスワード謎旅行』という本を読んで以来、本を読むこと自体は15年以上続けているし、TVアニメを観ることも『少年アシベ』『クレヨンしんちゃん』以来約22年、途切れたことがない。ほんらいおれは粘り腰が強い性格かもしれない、と、いまも書きながら自惚れているのである。




--というわけで、来年もよろしくおねがいします。ブログを書くことも読むことも、人生自体にはあまり「役に立つ」ことはないかもしれないけれど、「役に立つ」ことが、人生の全てではありませんから。

MBS・ABC・ytv

奈良に来ている。奈良で観られる民放テレビ局は、MBS毎日放送、ABC朝日放送、関西テレビ、読売テレビ、奈良テレビである。このうちアニメへの関与に積極的なのは、MBS、ABC、ytvの3局だ。

4chがMBS、毎日放送である。毎日放送の子供向けコンテンツの歴史は比較的長い(何しろ関西唯一のキー局になろうと企てた局である--)が、昔のアニメはご自分でお調べください。今回は物心ついてからのMBS製作アニメとの関わりについて記述しようと思う。となると、何はなくとも放映枠だ。
かつて、土曜18時に枠があった。『機動戦士ガンダムSEED』の成功によって「土6」とか呼ばれたが、アニメ枠自体は1993年からあった。『3丁目のタマ うちのタマ知りませんか?』というアニメがあった。徹頭徹尾猫が主役のアニメだった。後番組が『ムカムカパラダイス』。そして『とんでぶ~りん』と少女系アニメが続く。だがしかし1995年突如として『ママはぽよぽよザウルスがお好き』という子育てアニメが始まる。この番組の後番は、『ウルトラマンティガ』だった。つまり特撮だ。
ウルトラマンシリーズを挟み1999年暮れに『ZOIDS』が始まり、ヲタクっ気が出て来た生意気盛りの小学生とMBSのこの枠が接近する。もう一丁ウルトラマンを挟んで、次のアニメ番組が『機動戦士ガンダムSEED』だ。竹田プロデューサーのMBSアニメへの貢献が大きくなる。2006年秋に『コードギアス 反逆のルルーシュ』を放映するために枠が増設され、しばしばTVアニメの焦点となる作品を発信している。
ところで、MBSでは、際限なくアニメ放映枠が増加しているようで、前に京都に泊まった時、25時台から明け方近くに至るまでぶっ通しで深夜アニメが放映されていた。これではアニメ天国だ。土曜深夜にも『アニメシャワー』というよく知られた枠がある。

6chがABC、朝日放送である。実はABCは1975年までTBS系列だった。そしてMBSが現在のテレビ朝日系列だった。ただ、いまはこの話題は棚に上げておく。
かつて、木曜ゴールデンタイムにアニメ枠があった。『ハーイあっこです』や『クッキングパパ』が放映されていたが、記憶はあまりない。そういえば中学生の時、キッズステーションで『クッキングパパ』が放映開始します、という知らせを見て『クッキングパパ』なんて、と舐め腐っていた。『ハーイあっこです』や『クッキングパパ』のようなアニメは当時のおれの眼中に入らなかったのだ。そういうお年ごろだったのだ。もうひとつ木曜に枠があって『魔方陣グルグル』や『怪盗セイント・テール』を放映していたのだが、山陰地方では目に触れることがなかった。やってくれればよかったのに。枠に余裕がなかったんだろう、たぶん。
『クッキングパパ』の後番の『H2』が打ち切られたあたりから、ゴールデンタイム枠アニメ全体に暗い影が落ちてくる。
そしてお待ち兼ねのニチアサ8時30分枠だが、『プリキュア』のようなアニメばかりを放映してきたわけではない。『ビックリマンシリーズ』『まじかる☆タルるートくん』『GS美神』のような少年系アニメも放映していたし、『ママレード・ボーイ』『ご近所物語』『花より男子』にしても現在とかなり毛色が違う。それがサトジュンがシリーズディレクターの『夢のクレヨン王国』によって何かが変わり始め、『おジャ魔女どれみ』から現在のようなニチアサ8時30分枠のイメージが芽吹いた、ような感覚がある。

10chが読売テレビだが、読売テレビが月曜夜にアニメ枠を設けていたのは、以前の記事に書いたとおり。『名探偵コナン』の枠移動や早朝朝の『夢色パティシエール』、東京MXとの連携、などによって、読売テレビアニメの周囲もずいぶん近年は慌ただしくなっている。

アイドルに対する惑い――ハロプロに見いだせなかった「アイドル」性

橋本環奈という女の子が、『アイカツ!』のCMに出演している。彼女はどうやらアイドルらしい。おれは橋本環奈という子が『アイカツ!』のCM以外でTVに出演しているところを観たことがないので、彼女が得体のしれない存在のまま、脳裏に留まっている。いったい2014年現在のアイドルの状況は、どうなっているのだろうか。AKBはもう落ち目なのだろうか。「AKB」「ももクロ」で時計が止まっている人間は、古いのだろうか。

生まれてこの方、「アイドル」という存在が得体の知れないままに留まっているのは、たぶん「ハロー! プロジェクト」とモーニング娘。のせいだ。いまは「モーニング娘。‘14」と言わねばならないのだっけ。ともかくモーニング娘。をおれは、アイドルとみなさなかった。実は松浦亜弥もアイドルとみなさなかったような覚えがある。だとしたらハロプロとはいったい何なのだろうか?

小学校高学年の頃、夕方時差遅れネットの『ASAYAN』をずっと観ていた。『ASAYAN』はナインティナインが司会で、ハロプロユニットがレギュラーだった。『ASAYAN』を観ていて、「アイドル」という言葉を観たことがない。記憶違いか? 憶測にすぎないが、たぶんハロプロ側では、「アイドル」という「通称」を用いなかったのではないか。むしろハロプロ当局がわざと勝手にモーニング娘。や太陽とシスコムーンを「アイドル」とみなさなかったのではないか。

しかし、ハロプロ当局が「脱アイドル」を志向していた、という憶測よりも、もっと根源的な問題が、おれがハロプロ勢を「アイドル」とみなさなかったことに直結するような気がする。
だいいちモーニング娘。はピンではない。ちょうど最近の『アイカツ!』で、最近ではいちご・あおい・蘭が別々で活動することが多い、という話が出て来た。もちろんいちごとセイラがユニットを組んだり、複数でユニットを組んで活動した例はあるが、いちごやあおいや蘭は本質的に「単独」の存在である。アニメと現実をあえて分けて考えていないのだが、モーニング娘。は不用意にピンで活動することがなかったような気がする。たしかに、思い返せば、後藤真希や安倍なつみはピンで曲を出していた。でも、個人が単独でクローズアップされる最大の瞬間は、メンバー卒業の時だったと思う。モーニング娘。が本質的にピンではないのに反し、おれの「アイドル」の認識は、本質的に「単独者」なのだ。

では松浦亜弥はどうか? 彼女こそ「単独のアイドル」ではないのか? 単独、という意味では、そうだと思う。ただ松浦亜弥が「コテコテな意味での」アイドルなのか、という点には疑問を覚える。言い換えるならば、よくロック雑誌で「大文字のロック」みたいな言葉遣いをするが、松浦亜弥が「大文字のアイドル」という意味でアイドルなのか、という点には疑問を覚える。
それはなぜか? 確信は持てないが、たぶん、松浦亜弥と、松田聖子や中森明菜や小泉今日子のような80年代アイドルが、「符合」しないからだと思う。例えば聖子や明菜やキョンキョンは「歌謡曲」というフィルターを通っていた。『夜のヒットスタジオ』や『ザ・ベストテン』のような番組もあった。紅白歌合戦の視聴率も高かった。松浦亜弥はどれだけ「歌謡曲」というフィルターを通っていただろうか? 少なくとも「歌謡曲」というイメージと松浦亜弥は勝手が違う。
ならばますます松浦亜弥とはなんなのか、モーニング娘。と比べてどうなのか、という違和感がつきまとうが、深入りしすぎるのはよしておこうと思う。

モーニング娘。や松浦亜弥が、客観的にみてアイドルと判定されるにしても、おれは、否おれたちは、彼女たちを「アイドル」とみなさなかった。そういう時代を経た、いまの2010年代アイドルとは、いったい何なのだろうか。そして2010年代アイドルの隆盛と結びついた2010年代アイドルアニメとは、いったい何なのだろうか?

「アイドル」とおれの認識

前の記事で触れた『ラブライブ!』は、女子高生が「スクール『アイドル』」を演るアニメである。アイドルを題材としたアニメは昔からあるが、2010年代の作品では、『ラブライブ!』のほかには、『アイドルマスター』というビッグタイトルがあり、夕方枠では『アイカツ!』というこれまたビッグタイトルが屹立している。

おれがある種驚きにも似た感情を覚えるのは、、「アイドル」という題材が2010年代のアニメにフィットしている、という事実だ。おれのなかで、「アイドル」といえば、80年代の、松田聖子や中森明菜や小泉今日子のようなイメージである。客観的にみるなら、これは勝手な思い込みだろう。だがしかしおれのなかの「アイドル」に適合するのは、80年代の松田聖子や中森明菜や小泉今日子のようなイメージなのだ。2010年代と「アイドル」という概念がそぐわないのだ。そもそも2010年代において「アイドル」とは何なのだろうか。「AKB48」のようなものなのだろうか。AKBは絶大に流行した。それでも2010年代と「アイドル」という概念がいまいちそぐわないとおれが感じるのは、AKBやらNMBやらSKEやらが出ているテレビ番組をあまりにも観ないからかもしれない。

『アイカツ!』という100話以上も続いているアニメがある。『アイカツ!』とは『アイドル活動』の略である。その通りに、アイドルのアイドル活動を活写したアニメ番組である。
おれにはむしろ、『アイカツ!』における「星宮いちご」や「大空あかり」のほうが、AKBやらNMBやらSKEに向かうよりも、「アイドル」を「アイドル」として認識できる。端的にいうと、「星宮いちご」や「大空あかり」のようなアニメのアイドルが、現実のアイドルに先行しているのだ。
「アイドル」が「アイドル」としておれの眼前に立ち現れるのは、3次元のアイドルよりもむしろ、アニメのなかの2次元のアイドルなのだ。

それにしても1988年生まれのおれが、「アイドルの時間」が80年代で止まっているとはどういうことだろうか。AKBの誰が丸刈りになったとか博多送りになったとかいうよりも、自分が生まれる前の「岡田有希子が自殺した」という事件のほうを「リアル」に受け止める。これはどういうことなのだろうか。答えは実はもう半分見えている。「ハロー! プロジェクト」を、「アイドル」とみなさなかったのが大きいのだ。

『ラブライブ!』と『進撃の巨人』

2013年TVアニメの大きなトピックとして、新規タイトルの『ラブライブ!』と『進撃の巨人』が大きな商業的成果をおさめたことがある。

『ラブライブ!』をざっくり要約してみるならば、廃校寸前の女子高の生徒たちが「スクールアイドル」を演る、というもので、企画自体は「電撃G‘sマガジン」上でかなり前から進行していたらしい。9人の女子高生が「ミューズ」(←文字の出し方がわからない)というユニットを組み、「スクールアイドル」として上を目指すのだ。

2013年1月期の番組の中では、ぶっちぎりの商業的成功を獲得したアニメだったと思うけれども、ぶっちゃけ、おれは『ラブライブ!』にあまりのめり込めなかった。というより、関心が向かなかった、といったほうが適切かもしれない。ただし周りのアニメファンの大部は面白いように『ラブライブ!』にハマり込んでいった。

・『ヤマノススメ』『琴浦さん』など他にも目を引く作品があった
・そもそも西田亜沙子という絵師と相性が悪い
・舞台が秋葉原で身近すぎた
・劇伴が好かなかった
・売れすぎた

こういうふうに理由を列挙しても、あまり甲斐がない気がする。ただ最後の「売れすぎた」という事案は重要かもしれない。おれは、あまり産業化したアニメに興味がないのだ。自分でも何故だかわからない。産業化したアニメから関心という「潮」が引いていく。2013年1月期の『ラブライブ!』一人勝ちには嫌な汗をかいたし、2014年に入っての爆発的な流行にも戸惑いを隠せなかった。それにしても売れすぎた『ラブライブ!』は俺にとって他人ごとのようなアニメだった。ただしかし、今振り返ってみれば若干小粒ながらも骨っぽいアニメが揃っていた2013年1月期はバンダイビジュアルの『ラブライブ!』を中心に回っていった。



『ラブライブ!』と比べると、おれの『進撃の巨人』に対する興味は大きい。鬼のように売れたアニメである。商業として、産業として成功したアニメである。それならば売れすぎた『進撃の巨人』に対してそっぽを向くはずなのだが、売れすぎたアニメ全部が全部つまらないというわけではなく、例えば現在東京MXの水曜24時に放映している再放送を、毎週録画はしないまでも、その時間帯に起きられていたら興味深く観ている。『ラブライブ!』と比べたら『進撃の巨人』の画面には食い入っているはずだ。

なぜおれにとって『進撃の巨人』は興味を惹くのか。「売れすぎるくらい売れすぎて、なんだかよくわからない存在になってる」という身も蓋もない理由が挙げられるかもしれない。青天井なのだ。雲の上まで行ってしまったのだ。こうなるとアニメや漫画という枠云々の問題ではなくなってしまうのではないか。
ただおれは、9chで放映している『進撃の巨人』が再放送している時間帯に起きられていたら、とりあえずチェックしているのだ。伝わりにくいニュアンスだけれども、TVアニメというよりもTV番組として「チェック」しているのかもしれない。
それに原作漫画をひっくるめて、『進撃の巨人』というコンテンツはかなりおれたちに身近になってきている。おれたちの周辺に『進撃の巨人』が食い込んできている。『ラブライブ!』でもそういう現象は起きているのかもしれないが、『進撃の巨人』においてそういうことを一層感じる。

それから、ミカサ・アッカーマンというおれにとって好きなキャラがいるのが大きい。幼少時代から、つらい経験を経ての性格の豹変ぶり。それでいて幼さを時折覗かせる表情。ミカサというヒロインが、ある種『進撃の巨人』の支柱となっているのではないか? おれにとって好きなキャラがいるということは、作品への興味の証明になる。


いずれにしても『ラブライブ!』と『進撃の巨人』両作品ともにおれ自身の理解がいまいち足りていない部分があるので、両作品を確認し直して、後からまた両作品に触れる記事を書いてみたいと思っている。
書き足りないこともあるだろう。

スーパービーダマンの変遷

かつて『爆球連発!! スーパービーダマン』という漫画が、「コロコロコミック」で連載されていた。

主人公は「戸坂タマゴ」という赤い髪の少年で、タマゴが「ガンマ」という少年と出逢うところから物語は始まる。ガンマは黒髪の関西弁を操る少年で、「スナイパーガンマ」という異名が取られていた。もうひとりの主要なキャラクターとして「サラー」という石油王の息子が出てくるのだが、サラーは金髪で中性的な顔立ち、名前のこともあり少女キャラと見まごうこともあった。
ガンマは片手撃ちと連射、サラーは変化球撃ちが得意技だったと思う。そしてタマゴの得意としているのが「しめ打ち」だった。
「しめ打ち」とは何か? 
ボンバーマン型ビーダマンの時から、ビー玉の発射口の両脇に、トリガーを固定するための留め具のようなものがあり、そこを両指で「締める」ことで、より発射威力の強いビー玉が撃てるという技である。発射口の両脇を「締める」から「しめ打ち」なのである。
ボンバーマン型ビーダマンの時から、連射ポッドなど多様なカスタムパーツが発売されてはいた。しかしこの時期、「スーパービーダマン(ただのビーダマンには興味ないビーダマン)」の立ち上げ時期は、ミニ四駆の爆発的ブームと折り重なっており、フルカウルミニ四駆が「横綱」としたらスーパービーダマンは「大関」のような扱いだった。

伊集院なる敵キャラにタマゴが所持していたボンバーマン型ビーダマンが破壊されたのを契機として、「ファイティングフェニックス」という明確な主役機が登場する。同時に「OSギア」という概念も登場した。
「OSギア」とは何か? 今回はかなり自分の記憶を便りに自分のことばで語っているのだが、「OSギア」とはビーダマンを包む「鎧」のようなものである。武将が戦争に赴くときに装備する「鎧」のようなものだが、「鎧」と根本的に異なるのは「OSギア」が戦闘力を上げるためのシステムだったことだ。なんやら胡散臭い理論で出る球のスピードが上がる~みたいな説明だった気がするが、カスタムパーツも更に増えたし、なおかつ画期的だったのは「ボンバーマン」という縛りから解き放たれ、オリジナル機体を多数登場させることを可能としたことだ。

そんなファイティングフェニックスもまた伊集院に破壊され、今度は「バトルフェニックス」という象徴的な機体が誕生した。この辺から「プラグインビーダマン」なる概念が登場する。あんだけ煽っておいたOSギアをあっさり廃用にし、OSギアなしでより高性能のビーダマンをばしばし登場させるタカラ。OSギアとはなんだったのか・・・・・・。しかしWikipediaにも書かれているように、間違いなくプラグインビーダマン時代がブームの頂点で、おれたちがビーダマンを買い漁っていたのもこのころ。

ただ不思議と、「バトルフェニックス」「バリアントワイバーン」「スタッグケルベロス」といった主要キャラの機体に興味が向かず、「ブラストグリフォン」「ノーチラスポセイドン」といった奇抜な姿をした脇役の機体が好きだった気がする。そこらへんの味付けも、プラグインビーダマンは絶妙だったのだろうか。

ただ、プラグインビーダマンは圧倒的な覇権を得ることはできなかった。「ハイパーヨーヨー」よりも落ち着いたブームだったし、天井が低かった。ハイパーヨーヨーの記事のところで、米子しんまち天満屋で大会が盛大に催された、というエピソードを書いたが、ビーダマンの大会が行われた記憶はまったくない。ビーダマンの流行はその程度で尽きてしまったのだと思う。コロコロも購読しなくなり、『爆球連発!! スーパービーダマン』の顛末も知らない。運用次第で、もっと爆発的に流行らすこともできただろうに・・・・・・という風な、くすぶり続けていた感のあるおもちゃだった。

こういったビーダマンやハイパーヨーヨーといったおもちゃも、中古市場でもっと表舞台に出て来たらなあ・・・・・・と往時を懐かしんでいる。

水泳大会 ざる蕎麦 ハイパーヨーヨーからビーダマンへ 谷間

おれは保育園児のころから中学1年までスイミングスクールに通っていた。高学年になると、市の水泳大会に出るようになった。スイミングスクールでのクラスが上がったり、大会で成績を残せば、ご褒美としておもちゃやテレビゲームを買ってもらえるシステムになっていた。

高学年になり、スイミングスクールの選手コースに入った。選手コースの指導は大変厳しく、練習に付いて行くのは過酷だった。だが俺の自己ベストタイムは大幅に縮まっていった。俺は背泳ぎを専門にするように言われていた。とある大会で、背泳ぎの選手として出場し、高記録を残した。そのあとで市内の蕎麦屋で食べた、ざる蕎麦の大盛りが、とても旨かったのを覚えている。「まぁ、小さいのによく食べますのね」山盛りに盛られたざる蕎麦を見た隣席のオバサンがそう語りかけたのも覚えている。

ようやく本題に入るが、そのときの水泳大会の「ご褒美」として買ってもらったのが、ほかならぬビーダマンである。



どの地域でもそうなのだろうか?
うちの地域では、ハイパーヨーヨーのブームの後に、ビーダマンのブームが来た。いま、調べてみたら、アニメ版『超速スピナー』と『爆球連発!! スーパービーダマン』の放映期間はほぼ重複していた。その事実にすこし驚いている。どう考えてもうちの地域では、ハイパーヨーヨーのブームの後に、ビーダマンのブームが来たからだ。

ハイパーヨーヨーは、なぜ廃れたのだろうか?
潮が引くように、ハイパーヨーヨーは表舞台から消えていった。
ポケモンに食われてミニ四駆が衰退していったときのような、明確な理由がハイパーヨーヨーの後退にはないのだ。つまり、飽きた。小学生が自然にハイパーヨーヨーを相手にしなくなっていった。ミニ四駆はポケモンとの競り合いに敗れ衰退したが、どちらかというと、ハイパーヨーヨーのあっさりとした飽きられ方のほうが、そのホビー自身にとっては幸福だったのかもしれない。

ともかく、何故か、(うちの地域では)ハイパーヨーヨーのブームの後で、こぞって小学生がビーダマンを入手していた。ビーダマンといっても只のボンバーマンではない。かっこいいビーダマンだ。たしかプラグインビーダマンというタイプだったと思う。OSギアは、ブームの少し前のタイプになる。

そうだ。
こういったハイパーヨーヨーやビーダマンの隆盛に関連して、『ポケットモンスター金・銀』がなかなか出なかったことを思い出した。『ポケモン金・銀』の発売は99年のクリスマス商戦。前作から約4年、小学生はだいぶ待たされた。いや、「待たされすぎた」。
『ポケモン赤・緑』~『ポケモン金・銀』の谷間として、ハイパーヨーヨーやビーダマンは、「代用品」として流行っていたのだろうか? おれとしては、楽しい思い出を「代用品」とみなしたくないけれど。『ポケモン金・銀』はゲームボーイカラー専用ソフトで、旧式のゲームボーイしか持ってない子や、「眼が悪いから」と「スーパーゲームボーイ」でポケモンをプレーしていた子は遊ぶことが出来なかった。けっきょく、あの年末商戦でおれが買ったのは『デジモンワールド』だった。

ハイパーヨーヨー おもちゃ専門店 ロングスリーパー 大会

ハイパーヨーヨーとはなにか。かっこいいヨーヨーのことだ。まぁひとことでまとめてしまうならそうなるのだが、外観がシャープでいろいろと性能に差異を付けていたヨーヨー型ホビーだった。「コロコロコミック」で連動して『超速スピナー』という漫画が連載されていて、作者はのちに大成する橋口たかしだった。

「おもちゃのバンバン」だっただろうか? 「ハローマック」だっただろうか? あのころはまだおもちゃ専門店がそれなりに繁盛していた。そういう米子市の専門店に、たぶん都会で『超速スピナー』のアニメが始まった頃だったと思う、ハイパーヨーヨーを買いに行った。店内はところ狭しと品物が並べられており雑然としていた。おれは赤いハイパーヨーヨーを選んだ。当時ハイパーヨーヨーの類似品が問題になっており、はたしてこの品物がほんものなのか不安だった。それは「ハイパーブレイン」という銘柄だった。店員のあんちゃんに品物を持っていった。それにしても専門店が淘汰されたいま、ああいう店員のあんちゃんは何処に行ったのだろう?

まず「ロングスリーパー」という基本技があって、「ヨーヨーを下に向かって投げ下ろし、一定時間スリープ(空回りさせること)させた後に引き戻す」(wikipediaの記述より引用)この技術を修得することが先決だった。
ところが、おれの「ハイパーブレイン」は「スリープ」しなかったのだ。下に投げても「ハイパーブレイン」が回らないのである。偽物を買わされたのかと思ったし、セッティングに問題があって何か用品を買わなければならないのかとも思った。ともかくおれの「ハイパーブレイン」は「ロングスリーパー」すらできなかった。ただおれが「ハイパーブレイン」でできることといえば、ヨーヨーをぶら下げて紐で「東京タワー」を作ることだけだった・・・・・・。

「ハイパーブレイン」のほかにも、青色だったりスケルトンだったりいろいろな外観のヨーヨーがあって、眼でも楽しませた。「中村名人」というカリスマの存在もブームに拍車をかけた。いい時代だった。まさに90年代末期的な雰囲気を醸し出していたおもちゃだったと思う。

そういえばこの記事を書いている最中、米子しんまち天満屋の1F広場でハイパーヨーヨーの大会があったことを思い出した。ブームも沈みそうになっていた頃だったと思う。よくも米子市みたいな単なる地方都市のしがない5F建てのデパートであんな大きなホビー大会が開けたものだ。それはともかく、そのハイパーヨーヨー大会をおれは「観客」として観ていた。
かつておれが通っていたスイミングスクールで、見習いコース時代、更衣室を仕切っていたガキ大将的な存在の少年が、そのハイパーヨーヨー大会に参加していた。成長したおれは、彼にひさしぶりに出逢ったと思った。彼はたぶんかなりブルジョアな家庭で、おもちゃをたくさん持っていたのだろう。ハイパーヨーヨーも。
彼は卓越なヨーヨー技術を披露し、けっこういいところまで進んだのだが、準決勝ぐらいで敗退したように思う。敗退が決まった時の彼の涙が印象的だった。いまでも彼がそこで泣いたのが印象に残っている。「泣くな」司会のおにいさんが、一言だけ彼を激励した。

彼岸市 ミニ四駆大会 ポケモン ミニ四駆の廃り

春分の日、つまりお彼岸に、おれの育った町で毎年「彼岸市」が催されていた。たくさんのテキ屋の露店が出され、通りがどこからともなく出て来た人たちで賑わう。商工会議所前のステージでは、得体が知れないミュージシャンが演奏したり、カラオケ大会が開かれる。子供たちは家族からお駄賃をもらい、テキ屋のくじ引きに群がるのだ。

ミニ四駆が流行っていた頃、商工会議所の中でミニ四駆大会が開かれていたと思う。市販のサーキットを使ってタイムを競うだけだが、それなりに盛り上がっていた。妙に思い出すのは、商工会議所1Fのバス待合所で、正体不明のおにいさんからパーツを譲ってもらったことだ。ほんとうに、「彼岸市」とは得体が知れない人間が多数寄り合ってくる「ハレの日」だった。


ミニ四駆はなぜ廃れたのだろうか。
実はおれ、『爆走兄弟レッツ&ゴー!! WGP』の記憶があまりない。無印は血眼になって観ていた。でも、2期である『WGP』の”アニメ版”の記憶があまりないのだ。1997年の放映だった。「コロコロコミック」の”漫画版WGP”はたしかに読んでいた。だからWGPの一部始終も知っている。でも、ぶっちゃけアニメ版WGPをあまり観ていた記憶がないし(むしろ情報は「アニメディア」から入ってきたくらい)、WGPに登場したミニ四駆を購入した記憶もまったくないのだ。

1997年、おれは小学3年生だった。「ポケモンごっこ」が急速に流行りだした。正確に言うと「ポケモンバトルごっこ」だ。
たとえば給食時間に、牛乳パックをHPゲージに見立て、技を出し合って勝負を決めるという、のちのち考えてみれば勝敗の決着の仕方が非論理的で不可解なごっこ遊びなのだが、ともかくポケモンバトルごっこは盛大に流行っていた。そしてもちろん『ポケットモンスター 赤・緑』もとてつもなく流行っていた。不思議と女子の間でポケモン赤緑が流行った記憶がないのだが、ともかくとして毎日がポケモン一色だったのだ。学校の勉強よりも、ともかくポケモンだったのだ。「ポケモンキッズ」というポケモンのソフビ人形入り食玩も馬鹿売れしていた。

そう、もうお気づきだろうが、『レッツ&ゴー!! WGP』の放映開始3ヶ月後に『ポケットモンスター』の放映が始まる。ミニ四駆はポケモンに完全に食われてしまったのだ。

「人間の興味は移ろいやすい」が親父の口癖だった。子供の興味はめまぐるしく移っていく。97年12月に『ポケモン』番組内で放送事故が起こり、多数の子供が病院に搬送される。そして巷には「ハイパーヨーヨー」なるものが流通しはじめていた。

ミニ四駆

今回から何回かに分けて「ホビー」の流行り廃りの話をしようと思う。

1996年頃のミニ四駆の流行りは、社会現象と呼んでいいものだったのではないだろうか。最近では妖怪ウォッチが大流行している。ちょうどあんなふうに、ミニ四駆は急激に小学生の間でブームになっていたのだ。

「ホビー」の流行り廃りは、その「ホビー」を推奨している雑誌の掲載作品と連動する。「コロコロコミック」のミニ四駆漫画は、当然、『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』だった。『レッツ&ゴー』の作品内に登場するミニ四駆と連動するように、そのミニ四駆が次々と発売され、後追い同時買い構わずおれたちは次々と購入していった。

そういえば思い出すことがある。プロトセイバーJBというミニ四駆があった。これはJという『レッツ&ゴー』の登場人物が所持していたミニ四駆で、たしかおれが最初か2つめぐらいに作ったミニ四駆だったと思う。喜び勇んで、いざ、プロトセイバーJBをおれは走らせようとした。ところがその走行を始めたプロトセイバーは、冷蔵庫の下に突っ込んで破壊されてしまったのだ・・・・・・。

それから思い出すこと。トライダガーXというミニ四駆があった。これは鷹羽リョウという『レッツ&ゴー』の登場人物が所持していたミニ四駆で、作中で印象的な散り方をしたミニ四駆だった。おれはトライダガーXを買ってもらって、自分の手で説明書通り作ったのだが、なんとその翌朝そのトライダガーが綺麗に「肉抜き」されていた。「肉抜き」とは車体の一部を削りとって空気抵抗を軽くする、デコレーションと実利を兼ねた改造技術だ。驚いたのは、その「肉抜き」をやってのけたのがおれの親父であったことだ。


思えば、ビクトリーマグナムがブロッケンGに破壊され、サイクロンマグナムが誕生するまでが、ミニ四駆ブームの最盛期だったような気がする。ビクトリーマグナムとバンガードソニックはミニ四駆の象徴だった。『レッツ&ゴー』は星馬兄弟の話なのだが、ミニ四駆と『レッツ&ゴー』の話をするときは、弟の星馬豪を主軸にして語らないと気がすまない。なぜか? そしてミニ四駆ブームはなぜ急速にしぼんでいったのだろうか? その理由を解き明かすことにもチャレンジしなければならない。

星馬豪のことは『レッツ&ゴー』についての記事で話すとして、次に書くべきは、ミニ四駆ブームがなぜ急速にしぼんでいったのか、そのキッカケを探ることだろう。

「コロコロコミック」の連載漫画について呟き

1.『おぼっちゃまくん』って1994年の9月まで連載されてたんだ。ちょっと驚き。おれが小学校に入る直前までやってたんじゃん。
2.『ドッジ弾平』の最終回を読んだ記憶がない。というか末期はこしたてつひろ先生『レッツ&ゴー』と二段重ねで連載持ってたんだ。
3.橋口たかし先生、スト2の4コマ描いてたんだ・・・・・・(不勉強)
4.上山徹郎先生の『LAMPO』の連載期間はすでにコロコロを毎月買っていたのに、読んだ記憶がない。たぶん7歳児には難しすぎたんだろう。
5.『おれは男だ! くにおくん』の最終回を読んだのは鮮明に覚えている。
6.『駆けろ! 大空』の連載期間って意外と長かったんだな。
7.『秘密警察ホームズ』の連載期間って意外と長かったんだな。
8.『グランダー武蔵』の助演男優ぶり。(失礼)
9.でもやっぱり看板連載っていったら『学級王ヤマザキ』かな。アニメ的には「代打の神様」でもあったが
10.『うちゅう人田中太郎』が始まった頃から徐々に読まなくなっていった記憶がある。
11.ひかわカービィって終わったのか・・・・・・穴久保ポケモンとマリオくんみたいに永久継続で良かったのに。そこら辺の事情はわからない。
12.穴久保ポケモンもアニメ同様ゲームと違うから不満垂れてたんだよなあ(アニメについてはあとでたっぷり書くとして)
13.ミニ四駆とビー玉とヨーヨーの話はあとで

「コミックボンボン」

おれは小学校低学年のとき、放課後、とあるオバサンの家に預けられていた。両親に加え、祖父も働きに出ていたので、放課後に家にだれもいなかったのである。そのオバサンの家の近くに同級生が住んでいて、その男子とばかり遊んでいた。彼が、以前の記事で登場した、おれの家に『エヴァンゲリオン』のビデオを持ってきた同級生である。

彼は「コミックボンボン」の強烈な愛好者だった。ほとんどSDガンダムと「ボンボン」の連載漫画の話しかしないくらいに。後年には当然のごとくポケモンではなくメダロット信者と化していた・・・・・・ただ、クラスみんなが「コロコロコミック」派のなか、彼ひとりだけが「ボンボン」を痛切に愛していた。

やはりおれも「コロコロ」の購読者で、お小遣いを500円だけ渡され、それで「コロコロ」を買った。だからこそ「ボンボン」派の彼の存在は異様だった。高速道路の高架橋を抜けたところは町と町の境界に近く、高架橋の向こう側にあった彼が住む地区がなぜだか「辺境」(当時はそんな単語知らなかったが・・・・・・)に思えていた。

そうなのだ。「コミックボンボン」は、クラスの男子がたった一人しか読まないような雑誌だったのだ。その程度の人気では廃刊するもやむなし、といったところだろうか。しかし、「クラスの男子がたった一人しか読まない」という点に「ボンボン」の特性があった気がするのだ。ひとは時にそのような特性を「ボンボンのマニアック性」と言い換えるが、単純に「ボンボン=マニア」という図式を用いるのも安易すぎる気がしている。

ちょうど都会では『新機動戦記ガンダムW』が放映されており、同級生の彼は「アルトロンガンダム」や「Gユニット」の話を盛んにしていた。ガンプラも彼の家で見せてもらった気がする。ただし、持っているゲーム機はさすがににメガドライブやPCエンジンではなくスーパーファミコンでした。

彼には確実にオタクの資質があったが、夕方に放映されているアニメなら「しましまとらのしまじろう」や教育テレビの番組でも律儀に観る男であった。

『いなり、こんこん、恋いろは。』

まずオープニングテーマが素晴らしいと思う。もろに邦楽調のイントロから始まるのだが、そこからの曲の展開が素晴らしい。May‘n会心の一曲だと思う。
このアニメは『ウィッチクラフトワークス』が放映されていたころから今に至るまでずっと気になっていたが、中途半端に接しすぎていた。だがしかし無事先月からAT-Xで放映される運びとなり、無事おれは毎週録画して楽しんでいるわけだ。

ここ数年で、おれにとって、京都は随分馴染み深い土地になった。所用で行く機会が多かったからだ。つくづく理想的な都市だと思う。人が多すぎない。文化がある――それこそ本アニメでうか様が根城をはっているような、神社仏閣。

風景。
アニメを「肌で感じる」という体験は、なかなか無いことだ。おれがこのアニメを肌で感じられるのは、京都に馴染んできたのもあるのだろうが、アニメが風景を”活写”する能力が着実に進歩しているのが最大のゆえんではないだろうか。地域。場所。文化。意匠。それらと二次元の融合――。

それでいて、軽い。それでいてこのアニメは”軽さ”という長所を持っているのだ。コミカルすぎるくらい事の運び方はコミカル。
ヒロインのうか様に至っては、二次元に傾倒しているという斬新なキャラ造形。「それは禁則事項です!」となんと『涼宮ハルヒの憂鬱』の朝比奈みくるの台詞をパクってのたまう。
これは21世紀的なまんがの捉え方であり、アニメの捉え方だ。2010年代的なまんがの捉え方であり、アニメの捉え方だ。

物語筋や設定の構造がもろに『姫ちゃんのリボン』なのも、オールドファンをニヤリとさせる。


このアニメで、ひとつだけ気に食わないことがある。それはKBS京都がこのアニメ番組を「推していた」にもかかわらず、日付が変わる直前に枠を設定したことだ。
このアニメは、主人公である伏見いなりと同年代の中学生くらいの子に観てもらいたいアニメだ、とも俺は勝手に思っているので、この枠設定が不満だった。思い切って21時くらいから放送を始めなければ、「アニメで地域振興!」なんて真に成功しないと思うのだが・・・・・・。

テーマ : アニメ
ジャンル : アニメ・コミック

イメージを文字にする

実はおれは大学の卒業論文の題目をアニメで書いた。おれがいた専攻は外国語と外国文化を学ぶところだった。普通なら卒論はその国の文学作品で書くし、おれも進級した当初はそのつもりだったのだが、3年の頃から異常にアニメに傾倒し始め・・・・・・比較文化論にかこつけて自分の好きなアニメのことを書いた。

映像作品で卒論を書いて思ったのは、イメージを言語にすることがひとにとって至難の業であることだ。いや、もっと正確に言うならば、イメージを文字にすることの難しさを痛感した。
写真をもとにした映画理論を土台に美術の要素が加えられるアニメーションを相手にしたのだから尚更かもしれない。

文学作品ならば、引用で済むところを、アニメだと「どうやって説明しようか」と考える。画像を貼り付ければ済むこと、と割りきれる性分ではおれはない。アニメの画像を「そのままもってくること」にずっとおれは頑迷に抵抗し続けてきたのだから。

ただ、最近では、イメージを文字で語ることに苦心したことで、実りもあるものだなあ、と、ポジティブにとらえ始めている。

キャプチャ系ブロガーと比べ「技」を磨けるのは明白だし、キャプチャ系ブロガーと比べ自覚的にアニメに向き合える。当たり前だがそもそも、アニメブログを書くことは文章を書くことだ。文章未満のブログ記事もおれはまだまだたくさん書き重ねるのだと思う。それでも文章未満を、文章と等しいものに近づけるよう努力したいのだ。
そのために、イメージを文字に置き換える努力を怠ってどうする?

それに、イメージを文字に置き換える努力を重ねることで、自分が成長した実感を持てる。イメージを文字に置き換えることは文章の筋力トレーニングだ。文章の基礎体力を、アニメのイメージを文字にすることで勝ち取れるのだ。
それにしても、イメージを文字にすることは難しい。アニメ映像では、画に加え動きや音が折り重なってくる。本当にだらだらTwitterしながら作品を見ることができなくなってきたと思う。
それでも、おれはイメージを捉えたい。イメージを捉えることでアニメそのものを捉えたい。アニメの真骨頂を、真髄を。努力は無駄ではない。おれはアニメを文字で捉え掌握することで自分を高めていく。

テーマ : アニメ
ジャンル : アニメ・コミック

「アニメージュ」と「アニメディア」を読んでいたころ

11月は更新が滞ってしまった。
如何に11月に何もやっていなかったかということだと思う。
しかし、少しづつ前に進んでいく。

今回はアニメ雑誌の話をしたい。
いまの俺にとって、アニメ雑誌の「3強」といえば、「アニメージュ」「アニメディア」「ニュータイプ」だ。この認識は、中学校以来変わっていない。
しかし、「ニュータイプ」の存在を、小学生の頃、つゆも知らなかった。そんな雑誌があることも、もしかしたら「角川書店」という出版社があることすら認識していなかった。
小学生の頃、8歳くらいの俺にとって、「アニメージュ」「アニメディア」がアニメ雑誌の全てであって、アニメの情報を得るメディアはその2誌しかなかった。インターネットは発達していなかったから。

アニメ雑誌は8歳でも読める。
これは真理だ。絵をひたすら眺めていればいいのだから。アニメ絵をひたすら眺めればアニメ番組の情報は自然とインプットされるものだ。さすがに「アニメージュ」の文章の記事は小難しかったけれど、とくに「アニメディア」が好きで、とりわけ読者投稿コーナーの『爆走兄弟レッツ&ゴー!! WGP』に関するイケナイ婦女子のかたがたの妄想文をわけもわからず読んでいた・・・・・・!
あの当時「アニメディア」は「アニメージュ」の100マン倍際どかった。

これは再三各所で話していることだが、テレビ東京系列のとくにハイティーン向けアニメは山陰地方で稀にしか放映されず、『バトルアスリーテス大運動会』『マスターモスキートン‘98』『セイバーマリオネットJ』『アキハバラ電脳組』こういった番組の情報を、ほんとうにアニメ雑誌で手に入れるしかなかった。
だから当時を経験した方がよく言われるように「アニメ雑誌と実際の放映の仕上がりにギャップがある」という事情が田舎住みの俺は掴めず、『ロスト・ユニバース』『アキハバラ電脳組』こういった番組の惨事を知ることが当時はかなわなかった。
それはともかくとしてまだ8歳の毛も生えていない俺が、山陰地方の山中で、しがみつくように町の公民館にあった「アニメージュ」や親が仕事場の近くの図書館から借りてきてくれた「アニメディア」を「耽読」していたわけだ。

そんなときからアニメ雑誌を「耽読」していた早熟な子供が、オタクにならないわけなど無いのだ。



それから。
「アニメージュ」の後ろの方には「パーフェクトデータ」というコーナーがあり、TVアニメスタッフの詳細なデータが網羅されていたのだが、俺は柱(欄外)のところのほんとうに重箱の隅をつつくようなネタが好きだった。
で、「パーフェクトデータ」の前には今月の番組紹介コーナーがあって、『剣風伝奇ベルセルク』『吸血鬼美夕』『レジェンド・オブ・バサラ』『下級生』といった深夜帯や地方局放映の番組もちょうど増えてきており、そういった番組を番組紹介コーナーで「だけ」知り、「どんな放送局なんだろう?」とか、「そんな時間にアニメを観るなんてどんな感じなんだろう?」とか妄想するのが趣味だった。
ひときわ『わんころべえ』の「放送局:MXテレビ」が異様だったわけだ。

『エヴァ』『ナデシコ』『スレイヤーズ』『カレカノ』

ある日、小学校の同級生がビデオテープ片手に遊びに来た。小学校2年の時だったと思う。彼はお兄さんを通じて『新世紀エヴァンゲリオン』に詳しかった。どこで録画したかもわからないビデオテープには、『エヴァ』の第壱話から数回分が収録されていたのだ。

主人公の碇シンジは、いきなり何の猶予もなく否応なしにエヴァ初号機に乗せられ、使徒と闘うことを強いられる。その「いきなり地獄の熱い風呂に投げ込まれたような感覚」が、なんとも心地悪かった。シンジは父親の碇ゲンドウに再会するなり「エヴァに乗らないのなら帰れ!」と怒鳴られる。「逃げちゃダメだ・・・・・・逃げちゃダメだ」という有名になりすぎた台詞よりも、その親子関係のギスギスした感じがなんとも不快だった。

正直、『新世紀エヴァンゲリオン』を、劇場版作品含め、この先の人生の中で改めて観返すことは、多分無いと思う。積極的に観る気がしないのだ。そして、おれはアニメ作品をただ義務感から観るようになってしまったら人として終わりだと思っている。それに、『エヴァ』は特に義務として観るレベルのアニメでもないと思っている。『エヴァ』を観るくらいだったらよっぽどより有意義な作品なんて、そこら辺にいっぱい転がっている。



『新世紀エヴァンゲリオン』の1年後に、『機動戦艦ナデシコ』というアニメが放映された。山陰地方ではNKT日本海テレビで夕方の17時台にやっていたと思う。正直、幼いおれにはエヴァとの見分けがつかなかった。ただ、「エヴァよりは『怖くない』」という印象はあった。『アニメージュ』『アニメディア』といったアニメ雑誌では、綾波レイに性格がそっくりなホシノ・ルリという幼女のグラビアがいつも載っていた。



『スレイヤーズ』に関する最古の記憶は何だろうか? 「このアニメの原作は何なのだろう?」という疑問は常に持っていた。正確に言うと「このアニメの原作の『媒体』は何なのだろう?」という疑問だ。ひょっとすると「小説」という媒体がある、という意識すら小学校低学年には薄かったのかもしれない。ライトノベルということばは、なかった。あらいずみるいが描いた漫画版を長い間原作と誤解していたと思う。

『スレイヤーズ』は『NEXT』『TRY』と、シリーズが更新されるに連れ記憶が濃くなっていく。『スレイヤーズ』シリーズについてはいろいろと言いたいことがあるので、何回かに分けて記事にしたいと思っている。



『少女革命ウテナ』は「ちゃお」の少女漫画だと思っていた。



『彼氏彼女の事情』と『新世紀エヴァンゲリオン』の監督が同じであることを、当初は認識していなかっかもしれない。いや、ひょっとすると認識していたかもしれない。「庵野秀明」の「庵」という漢字は馴染みがなかった。「エヴァみたいなアニメ」とは思わなくても、「エヴァっぽいアニメ」とは思っていた。このニュアンスの落差をどうかわかってください。

ずいぶん時期は下るが、中学生1年の夏休みに、母親の実家で『彼氏彼女の事情』の一挙放送を観た。面白すぎて5時間くらいぶっ続けで観ていた。母親に「もう見るのをやめなさい」というまで観ていたと思う。庵野秀明の演出にハマってしまったのだ。『エヴァ』と『カレカノ』。同じ監督のアニメでも印象が正反対になってしまった。

テーマ : アニメ
ジャンル : アニメ・コミック

時差ネット・・・・・・「アニメ」への認識

何がアニメであるか、どんなものを「アニメ」として認識するかは人それぞれだが、「これはこれよりも『アニメ』だよな」という作品が、明確におれの中であった。

つまりどういうことかというと、『ワンピース』や『こち亀』『ドラゴンボール』のような番組はアニメに原作の漫画が先行しており、変な話、「アニメ」という認識が薄かった。
おれが想定していた「アニメ」とは、「アニメディア」や「アニメージュ」で情報が入ってくる『スレイヤーズ』や『新世紀エヴァンゲリオン』『機動戦艦ナデシコ』『アキハバラ電脳組』のような作品、もしくは『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』『デジモンアドベンチャー』『ゾイド』といったホビー・玩具系作品のことだった。
これらの「アニメ」は、原作やメディアミックス作品があるにしても、それらにアニメが先行していたのだ。つまりアニメありきの作品という認識が色濃かった。

おれの育った山陰地方では90年代後半、結構平日の16時・17時台にアニメ枠があって、都会のハイカラなアニメを”時差ネット”で放映していた。
そういった都会から時間遅れで流入してくる番組をイカしたものと思っていて、そういった番組こそが、ゴールデンタイムのアニメ番組よりもよっぽど「アニメ」だったのだ。

『新世紀エヴァンゲリオン』『機動戦艦ナデシコ』『スレイヤーズTRY』『彼氏彼女の事情』そういった低学年には少し難しいアニメが放送されているのを、ちらちら観ていた。内容がわからないそういう作品には、思春期になって、ぜんぶもう一度出会うことになるのだが。

それよりも『逮捕しちゃうぞ』を面白がって観ていたような気がする。登場人物の年齢層は、いちばん高いのに。BSS山陰放送で、夕方にやっていた。TBSでは土曜17時台の放映。なんで青年漫画を子供アニメみたいな時間帯でやっているんだろう的なギャップを面白がっていたのだろうか。

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プロフィール

ばると(@barthes1980)

Author:ばると(@barthes1980)
僕に芸人根性を叩き込んでくれたのは「アニプレッション」組長のおはぎさんです。




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・このアニメが好きな人とは気が合う!

『カレイドスター』


『true tears』










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