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彼岸市 ミニ四駆大会 ポケモン ミニ四駆の廃り

春分の日、つまりお彼岸に、おれの育った町で毎年「彼岸市」が催されていた。たくさんのテキ屋の露店が出され、通りがどこからともなく出て来た人たちで賑わう。商工会議所前のステージでは、得体が知れないミュージシャンが演奏したり、カラオケ大会が開かれる。子供たちは家族からお駄賃をもらい、テキ屋のくじ引きに群がるのだ。

ミニ四駆が流行っていた頃、商工会議所の中でミニ四駆大会が開かれていたと思う。市販のサーキットを使ってタイムを競うだけだが、それなりに盛り上がっていた。妙に思い出すのは、商工会議所1Fのバス待合所で、正体不明のおにいさんからパーツを譲ってもらったことだ。ほんとうに、「彼岸市」とは得体が知れない人間が多数寄り合ってくる「ハレの日」だった。


ミニ四駆はなぜ廃れたのだろうか。
実はおれ、『爆走兄弟レッツ&ゴー!! WGP』の記憶があまりない。無印は血眼になって観ていた。でも、2期である『WGP』の”アニメ版”の記憶があまりないのだ。1997年の放映だった。「コロコロコミック」の”漫画版WGP”はたしかに読んでいた。だからWGPの一部始終も知っている。でも、ぶっちゃけアニメ版WGPをあまり観ていた記憶がないし(むしろ情報は「アニメディア」から入ってきたくらい)、WGPに登場したミニ四駆を購入した記憶もまったくないのだ。

1997年、おれは小学3年生だった。「ポケモンごっこ」が急速に流行りだした。正確に言うと「ポケモンバトルごっこ」だ。
たとえば給食時間に、牛乳パックをHPゲージに見立て、技を出し合って勝負を決めるという、のちのち考えてみれば勝敗の決着の仕方が非論理的で不可解なごっこ遊びなのだが、ともかくポケモンバトルごっこは盛大に流行っていた。そしてもちろん『ポケットモンスター 赤・緑』もとてつもなく流行っていた。不思議と女子の間でポケモン赤緑が流行った記憶がないのだが、ともかくとして毎日がポケモン一色だったのだ。学校の勉強よりも、ともかくポケモンだったのだ。「ポケモンキッズ」というポケモンのソフビ人形入り食玩も馬鹿売れしていた。

そう、もうお気づきだろうが、『レッツ&ゴー!! WGP』の放映開始3ヶ月後に『ポケットモンスター』の放映が始まる。ミニ四駆はポケモンに完全に食われてしまったのだ。

「人間の興味は移ろいやすい」が親父の口癖だった。子供の興味はめまぐるしく移っていく。97年12月に『ポケモン』番組内で放送事故が起こり、多数の子供が病院に搬送される。そして巷には「ハイパーヨーヨー」なるものが流通しはじめていた。
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