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米子サティ東宝

鳥取県は、映画文化が根付きにくい土地だと、出身者のおれは思っている。同郷の小説家・桜庭一樹さんも、米子は映画がなかなか配給されないから、映画をたくさん観るようになったのは高校を卒業して上京してからだ、というふうな事を某ムックで話されていた。おれも桜庭さんの後を追うように!? 高校を卒業して上京したのだが、映画を浴びるように観る、というふうな学生時代はついにやってこなかった。

映画が過疎っているという状況は、2000年前後にMOVIX日吉津が米子の郊外に出来て幾分改善された気もするが、それ以前は米子市で(とくに子供向けの)映画を観ると言ったら米子サティ東宝であった。米子サティの3Fに映画館が入っていた。読んで字のごとく東宝の映画館なので、東宝配給のアニメ映画が「こども文化」だった(でも東映アニメフェアも演ってた)。松竹配給のアニメ映画は残念ながら流れにくかった。

鳥取県西部の人間で映画館といったら米子サティ東宝だった、といえる時期だったかもしれない。今ではマイカルがイオンに吸収されてしまったので、もうあの駅前サティもサティとは言わないのだろう。里帰りしたとき立ち寄った店内も、ずいぶん様変わりしてしまっていた。
小学生のころは、サティの2Fのレストランやフードコートで晩飯を食って、3Fの東宝で映画を観て、帰ったものだ。
そういえば実写映画を、あそこで観た記憶がない。すでに特撮を除けば、子供向けの映画はアニメオンリーの状態だったろうし、おれは特撮が嫌いだったのだ。

小学校に上がる前は、ドラえもんの映画とクレヨンしんちゃんの映画が定番だった。
大長編ドラえもんはもちろんおれが生まれる前から続いている。おれが観たのはF先生自作の末期だったのだが、『のび太の恐竜』はビデオで観た記憶が鮮明にある(余談だが、数年前までこの映画の監督を芝山努と勘違いしていた)。1980年前後のテレビ版『ドラえもん』にも、ビデオを通じ馴染んでいた。でもなんでバブル期の作品をあまり観ていないのだろう?
クレヨンしんちゃんは放映初期すべての未就学児が観ていたので、映画も当然ながら大盛況だった(そうだ、いずれクレしんについて書かなければならない)。
そういえば、ドラ映画だったかクレしん映画だったか、いずれにしろ小学校入学(1995年)前後だったはずだ、映画の上映中にぐずった、というより映画に飽きて、途中で親父とサティを抜け出して昼飯を食いに行った記憶がある・・・・・・。

良いな、自分が生まれ育ったところの映画館について書くのは。
米子サティ東宝は、たぶんもう無いけど。
自分が生まれ育ったところの映画館を描写すると、懐かしい思いに包まれる。

いろいろ地元を悪く思ったこともあったけど、こんなところ早く抜け出してやると思っていた青春時代だったけど、羽を休められる田舎がある、ふるさとがあるということは、幸せの証明なんだと思う。ふるさとに癒される。

90年代後半の『名探偵コナン』や『ポケットモンスター』の映画についても、後で書こうと思う。もちろん『時計仕掛けの摩天楼』や『ミュウツーの逆襲』は、米子サティ東宝でロードショーで観たのだ。
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